コーヒーの知識

コーヒーを楽しむためにはぜひ知っておきたい!「コーヒーの歴史」を辿ってみよう

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はじめに

僕は歴史、特に世界史がとても大好きです。
ヘアメイクの専門学校に通っていた時、メイクの歴史について学ぶことがあり、世界の歴史と人間の文化(当時はヘアメイク)の関係性にとても興味が湧き、そこから興味を持ったものの歴史を調べることが大好きになりました。
 
今回は現在僕が勉強しているコーヒーと大好きな世界史を掛け合わせた、コーヒーの歴史に付いて書いていきたいと思います。
 
コーヒーの歴史はイスラム教と深い関係があります。これはコーヒーがコーヒーベルトという北緯南緯25度以内の温かい地域でしか育たない植物であることに関係があります。
暑さが厳しく人間には住みにくい環境では、イスラム教の厳しい戒律をもって自分たちを律する必要がありました。
そこで、カフェインを持つコーヒーを飲むことによって辛く厳しい戒律や修行に耐えられる精神を作り、生き抜いていったのではと想像します。
 
そんなイスラム圏からイギリスやフランスなど文化が進んだ国にコーヒーが流出し、そこからフロンティアを目指したアメリカ大陸にもつながり、広く飲まれるようになっていくのです。
休日にゆっくりとコーヒーを飲むときに、これから書かせていただくコーヒーの歴史を思い出しながらコーヒーを楽しんでいただければ嬉しいです。
 

コーヒーの起源

コーヒー発見の伝説の1つとしてヤギ使いカルディ君の伝説があります。
エチオピアに住むカルディという少年が、自分の飼うヤギが近くの枝になっている赤い実を食べて元気になった姿に興味を持ち赤い実を食べてみた。
すると自分も疲れが吹き飛びエネルギーが湧いてきた。
 
カルディのいつも元気な姿を見たその地方の修道士は、その赤い果実にとても興味を持ち、自分もその実を食べてみた。
そしてその実の効果を知った修道士は実を煮だして飲み物を作り、夜の勤行の際に眠気覚ましてして飲むようになった。
という伝説です。
 
現代で言うと、カフェインに慣れていない小学生がレッドブルなどのレッドブルを飲んで元気になったみたいなものでしょうか笑。
ちなみに、輸入雑貨屋のカルディの名前の由来も確かこの伝説から来ているはずです。
 

世界へ広がるコーヒー

コーヒーはエチオピアで発見されて以来、食用から薬用、嗜好飲料と様々な形で発展していきました。
はじめはイスラム圏の寺院で門外不出の秘薬として使われ、睡眠不足の苦しさや厳しい修行を乗り越える際に飲まれていました。
 
中世の頃、オスマン帝国の領土が拡大したときにコーヒーも一緒に広まっていきました。
コーヒーはとても重要な食料とされ、トルコでは夫が妻にコーヒーを飲ませないことを離婚の正当な理由とした法律があったそうです笑。
 
16世紀半ばころにはコーヒーは一般的なものになり、オスマン帝国各地にコーヒーハウスが開かれました。
コーヒーハウスは商売の話をしたり、ゲームをしたり、歌ったり踊ったりする人々が集う場所になったそうです。
この時代のオスマン帝国の領土はかなり広いので、興味をもった方はぜひ調べてみていただければと思います。
 
ヨーロッパにもコーヒーの存在が知られるようになると、オランダの東インド会社がコーヒーの輸入を開始します。
そして、17世紀にはヨーロッパに次々とコーヒーハウスが開店していきます。
イギリスではコーヒーハウスでの社交を求めて、フランスではコーヒーのファッション性に惹かれコーヒーハウスを使用する人が増えていきました。
1700年初頭にはイギリス内だけで2000以上のコーヒーハウスがあったとされています。
コーヒーハウスが増えすぎたせいで、お客が来なくなった酒場の店主や、夫がコーヒーハウスから帰ってこなくなった奥様方から猛反発が来るほどだったそうです。
 
ちなみにこのころ多くのコーヒーはイエメンのモカ港から出荷されていました。
このモカ港が「モカコーヒー」の語源です。
機会があればモカコーヒーについて別記事で書いてみたいと思います。
 

ヨーロッパへの流出

コーヒーの人気が高まっている中でも、コーヒーの栽培はアラブ世界が独占し続けました。
栽培方法は秘密にされ、発芽しないよう豆は必ず焼くか茹でるかした後に出荷されたようです。
 
しかし、コーヒーの人気がさらに過熱していくと、イスラム圏の生産者はその秘密を守れなくなっていきます。
1695年、インドからの巡礼者ババ・ブータンが発芽可能なコーヒー豆をメッカからインドへ密輸、その後オランダの東インド会社がコーヒー豆をインドネシアのジャワ島へ密輸してしまいました。
このジャワ島へ持ち出されたコーヒーがヨーロッパで持ち出され、それがグアテマラなどの中南米で栽培されるようになりました。
 

アメリカでコーヒーが流行った理由

アメリカ大陸へコーヒーが伝わったのは17世紀初頭でしたが、アメリカでは紅茶が主に愛用されていました。
しかし、アメリカで一気にコーヒーが流行するきっかけとなる事件が起きます。
それが、1773年の「ボストン茶会事件」です。
コーヒー貿易でフランスやオランダに先を越されたイギリス、そこでイギリスは茶を独占し重税をかけ、利益を得ていました
イギリスの植民地だったアメリカはこれに怒り、ボストンに停泊していたイギリス東インド会社の船に積まれていた紅茶を全て海に捨ててしまいます。
これが「ボストン茶会事件」でこの事件からアメリカは紅茶ではなくコーヒーを愛用するようになります。

コーヒーさび病

1860年代、イギリス領セイロン島でのコーヒー栽培量が一時的に世界最大になりました。
しかし、そのセイロン島でコーヒーさび病が発生してしまいました。
コーヒーさび病とはコーヒーの木が感染する真菌病で、感染するとコーヒーの葉の裏にオレンジ色の斑点ができます。
そのシミが次第に大きくなっていき、葉は落ち、最後にはコーヒーの木が枯れてしまうという恐ろしい病気です。
 
セイロン島のコーヒーの木はさび病により全滅してしまい、代わりに紅茶が植え替えられるという事件が起きました。
ちなみに、このセイロン島の紅茶に目をつけたのが紅茶で有名な「リプトン」ですが、そのお話はまた別の記事で。
 

アメリカからコーヒー産業が発展

前述のボストン茶会事件からコーヒーの一大消費国となったアメリカ。
19世紀後半から、そのアメリカでコーヒーの流通が発達し大量生産・大量消費の安価なコーヒーが増えていきました。
かなりざっくりとした説明ですが、これがコーヒーの「ファーストウェーブ」と言われています。
その後、スターバックスやタリーズに代表される「セカンドウェーブ」が始まり、現在の「サードウェーブ」が始まり、コーヒーは今後も様々な発展を遂げていくのだと思います。
 
以上ざっくりとですが、コーヒーの歴史を振り返ってみました。
いかがでしたでしょうか。多くの飲み物に歴史があるようにコーヒーにも歴史があり、その歴史を知ってからコーヒーを味わうと、また違った魅力に出会えるかもしれませんね。

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